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吉本興業について

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吉本興業

吉本興業は、大阪市中央区に本部を持つ芸能プロダクションです。創業は1912年4月12日。明治末に創業者の吉本吉兵衛が第二文系館を手に入れて、寄席の経営を始めたのがきっかけでした。翌年には、吉本興業部を大阪大阪南区に設立。次々と寄席を増やしていき、88人の芸人が所属するようになります。

1932年には、吉本興業合名会社に改組。翌年には初めて「漫才」という表記を用いて、エンタツ・アチャコが一躍人気者となります。この年には、お笑い外にも文芸、宣伝、映画の3部門を設立。

1940年代には戦争で多くの劇場を失いますが、洋画の上映を足がかりに復興。1948年には、現在の「吉本興業株式会社」となります。

1950年代にはプロレス興行などを催しますが、1963年に千日前グランド劇場をなんば花月とすると、ふたたび演芸に力を入れはじめます。吉本新喜劇がテレビ放送を開始したのも、この年のことでした。

この吉本新喜劇を中心に、白木みのるやルーキー新一、花紀京、岡八郎といった人気芸人を次々と生み出していきます。

1970年代には、テレビ番組の製作会社やレコード書籍の出版会社も設立。
1980年代になると空前の漫才ブームが訪れ、ザ・ぼんち、島田紳助・松本竜介、明石家さんまなどの若手芸人が全国区のスターに。

さらに、1982年にはタレント養成の吉本総合芸能学院を開設。ダウンタウンやナインティナインなど、これまでの師弟関係にとらわれない多くの芸人が誕生します。現在の吉本興業の新人育成システムは、これをきっかけに固まりました。

1990年代になると、名古屋や福岡に事務所を建設、東京事務所を支社に変更。そして、全国に劇場を竣工するなど、積極的な地域展開を始めます。現在では12の劇場にくわえ、養成学校はNSC大阪とNSC東京の2校。さらに、スタッフ養成の「よしもとクリエイティブカレッジ」も東京、大阪、沖縄に開校。

創業100年を超え、所属タレントは約6,000人。まさに全国的な巨大芸能プロダクションとして、揺るぎないポジションを獲得しています。お笑い芸人専門と思われがちですが、ほかにも文化人や俳優、アイドル、アーティスト、そしてスポーツ選手などのマネージメントも幅広く手がけています。

また、テレビ番組制作や放送局、コンテンツビジネス、ショウビジネス、さらに不動産事業や商業施設の運営なども展開。地域密着をかかげるとともに、中国、台湾、韓国、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、アメリカに拠点を設置。

今後はアジアから世界へ、日本のエンターテインメントを発信するというグローバルな目標をかかげています。

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